映画、音楽、小説、漫画

rumble fish(感想)

監督フランシスフォードコッポラ:主演マットディロン、ミッキーローク
感想(ネタバレ)
 全てのカットがそれなりに考えられていて、「俺でもできんじゃね?」感が、すごく僕の心を打った。もちろん物語も非常に良かった。カリフォルニアから帰ってきた兄のモーターサイクルボーイがずっと悟り顔でまともな人間になったのかと思ったらペットショップで「魚は川で泳がなきゃダメなんだ」「こんな狭いところにいるから殺し合わなきゃいけないんだ」と、この街の不良とランブルフィッシュを重ねていっているところをその店の店主や警察官が本当にイかれた人間を自分の近くへ寄せ付けたくないみたいに店から追い出そうとするところは、物事の真実をよく理解してて何にもとらわれる必要のないことを理解してる自由な人間と、物事の本質を理解できずにただルールや法律を正義だと考える不自由な人間の感じがグッと出てた気がする。ちなみに弟は兄貴に憧れててそうなりたいだけの不自由な奴ででも兄貴の存在を履き違えていてその兄貴にも主体性のなさを指摘されてっていう感じに描かれてたけど、それでも幽体離脱してみたりして本当にバカだけどその自分のバカさ加減にうんざりしているような感じもしたし、これだけ複雑な人間を1時間半で作ることのできる映画という存在はすごいな。あとは声がよくてカッコイイ。
 全てのカットが渋かった、全ての音楽も渋かった、歌が入ってない、メロディも中途半端、何だか間抜けな曲だったりするのも多い。それでもあんなに名作になるんだな。語りたいことが明確で、わかりやすい気もするけど表現することは何だか印象的でワンカットワンカットがわかりにくいような気もするんだけど、執拗におんなじ表現を使ってくるから嫌でも伝わってくるしそれ(手法の一貫性)が無性にカッコいい。風景の早回しや、人物を思いっきり手前に置いて奥の人間を中心に置いてその人間の動きと関連付けたり、被写体の影を中心に添えて表現してみたり(影の描写というのが多かった)。
 そして兄のモーターサイクルボーイは目が色盲で全てが灰色に見えるんだが、それはもちろんこの映画がほぼ全編白黒で撮られていることと密接な関係があると思われる。しかしペットショップのランブルフィッシュだけはこの映画の中で色のついている存在だ。ランブルフィッシュはやはり彼にとってこの街のギャングそのもであり、過去の自分自身なのかもしれない。それを川に放とうとして彼は警察に打たれて死んだが、それを弟が放ってやる。それをやった弟は兄のバイクで海へと向かい、海辺できっと自由を感じながら今までの無個性な、主体性のない自分の人生を振り返り、自由の素晴らしさに気づいて本当の自己と言うものを手に入れたのだろう、そんな感じがした。
 もし仮にランブルフィッシュがモーターサイクルボーイがすでに卒業した過去の自分だとして、しかし過去の自分が犯した罪や重ねた業がモーターサイクルボーイという名前とともにこの街に刻まれている事実から現在と過去の自分の離したくても離せない入れ墨のようなものになっているとしたら殺されるという手段でしか彼はこの街から自由にはなれなかったのかもしれない。それは彼の実力の限界なのかもしれないし、彼自身それを望んでいたのかもしれない。それを見せつけることで弟を本当の自由へ押しやったということなのか?
2020.5.9.am.2:00